今日も暑かったですね(涙)ただ、私が帰ろうと外に出たとたん雨が降り涼しくなりましたょ(笑)
で、昨日のブログを見て下さった職員の岩井さんが「本当に深田さんからお出汁の香りがするんですか?」と聞いてくださって(嬉)
これが、するんですね~!! 「私は嘘はブログに書かないと決めています」(^^)
多少の大げさは大目に見てだくさい(笑)
そして本日のブログは昼食にお出ししているメニューの中から中華メニューを見ていだだこうと思います!!
「冷やし中華」
「エビチリ」
そして本日の昼食の「マーボーなす」です!!
暑い夏には中華メニューもいいですよね(^^)
中華メニューも野菜いっぱいでおいしくできていますょ~(笑) 特に「なす」はどんなお料理にしてもおいしいですね!!
食べ終わる頃にはいつも汗だくです(汗)
昨日15日は終戦記念日、私は久留米の士官学校の校庭で整列して聞きました。残念で切腹を試みた戦友も思い出しましたが、その後1月余り、戦火で焼かれた久留米駅構内の補修等、工兵部隊の特技を生かし完了した後、日本刀と米1升だけ持参し、両親の疎開先、鹿児島の田舎に帰りました。
処で、歌を楽しんだだけでなく、社長さんに新しく購入した補聴器の調整までお世話をかけ有難うございました。帰りに奥様に教えられた生協に行き、「花は咲く」のメロデーを聞き
果物を買って帰宅しました。なにかとご夫婦には教えられ、サロンに通う日がとっても楽しく感謝しています。 (88歳の生き残り、前田清蔵 )
前田様
昨日はご利用ありがとうございました。
終戦記念日ということで、昨夜はベストセラー小説の『永遠の0』を一気に読みました。
主人公の青年が、特攻隊で亡くなった自分の祖父について、またあの時代について、多くの戦友の証言を聞きながら再発見していく、そんな小説でした。とても面白く勉強にもなりました。
前田様の士官学校時代のご様子…明るく前向きでチャレンジ精神に溢れた(今の前田様と何も変わりません!)青年を想像します。
終戦後、戦争で焼けた駅を補修したのち、日本刀と米一升だけを持って両親の元へ帰られた…その時のご両親のお気持ちは如何様であられましたでしょうか?
また前田様の青春時代のお話を詳しくお聞きできる日を楽しみにしております。
追伸
補聴器やインターネットなど、何かお困りのことがありましたら、いつでも私やスタッフにお伝えくださいませ。
拝復 私も昭和20年2月硫黄島の総指揮官・栗林忠道中将の「 散るぞ悲しき」梯久美子著
を読みました。もう1年先に士官学校を卒業した先輩等は国産の火炎放射器を担いで米軍
と戦い全滅しています。米国製の火炎放射器は100m.飛ばせるのいに、我々の火炎は40m.しか届かず、無念の死を免れなかったと想います。3月10日の東京大空襲時は松戸の工兵学校
から市川まで駈足で行き電車で東京の下町に着き、焼け跡の整理、電柱の切断などをしました。実はその前1月末の空襲時、東京空襲で被弾したB29を兵舎屋上に高射機関銃で迎え撃ちし、見事に命中して習志野の山地まで、中隊全員で追い駆けた結果、B29の残骸の傍に
ハーシーのチョコとラッキーストライクを見つけ、意気揚々と凱旋?しました。 前田清蔵